ほしのまき

FB や Tw では流れてしまうので、ためておきたいことをここに書きます。

子どもの歯医者さんに学ぶ、「やる気」を引き出すコミュニケーション

DENTIST VISIT

photo by Rick Macomber

小1の子どもを歯医者に連れて行きました。乳歯が抜けないのに上から永久歯が生え始めてしまったのです。もともと、めんどくさい歯医者通い。ウェブ検索であたりをつけ、予約しました。行ってみたら、これが、大当たり!以前通っていた歯医者さんはちょっと遠くて、何となく行かないままになっていたのに、子どもも「歯、抜くのかなあ」とドキドキ、嫌がっていたのに、今回の歯医者さんは、「次も行こうね」「にぃににも行ってもらおう」子どもも私も「やる気」を刺激されて帰ってきたのです。ポイントは、コミュニケーションにありました。

 

その歯医者さんでは、歯を一通り診察すると、続いて太いペン型の道具を取り出しました。まず永久歯が生え始めているところに当て、足もとのペダルを踏みます。すると、その部分の写真が横のモニター画面に現れました。撮影していたのです。ペン型のデジカメを奥歯や歯の裏に当ててはペダルを踏み、5、6分後、画面には子どもの歯の写真が10枚ほど並びました。鮮明なアップ画像です。

 

「○ちゃん、いいかな?ここ見てね。これは、○ちゃんが赤ちゃんのときに生えてきた歯。(画面をなぞると、黄色でその部分が強調される)こっちに少し見えるのが、これから生える、大人の歯ね。赤ちゃんの歯がここにあるとじゃまで、大人の歯はまっすぐ下向き生えてこられないのね。赤ちゃんの歯は、少しだけぐらぐらしてるでしょう。大人の歯の隙間を作ってあげるために、今日、抜こうと思うの。」

 

とてもゆっくり、滑舌よく、「あのー」といったことばも間にはさまりません。子どもの目をみて、表情を汲み取りながらお話しくださっているのがよくわかります。

 

「それからね、これ。○ちゃんの前歯の裏側だよ。初めて見るでしょう?歯の根元のほう、少し黄色くなってるの、分かるかな。これはね、『歯垢』っていってね…」

そこで画面の片隅をタッチすると、バクテリアの顕微鏡動画にパッと切り替わります。細長いものが画面いっぱいに、うようよとうごめいています。

「これね、ばい菌の写真。この『歯垢』の中には、こういうばい菌がたまってるの。分かる?だから、次、もう1回来てもらって、先生にここをお掃除させてほしいの。それから、ばい菌を自分で毎日お掃除できるように、歯磨きの練習もしてほしいのね。つまり、今日は、歯を抜く。次は、先生がお掃除した後、歯磨きの練習。来られるかな?」

 

モニター画面に見とれて写真を撮り損なってしまったのですが、同じ歯医者さんに行った方のブログ記事を見つけましたので、そちらの写真を引用します。こちらでは、レントゲン写真も表示されてますね。 

歯の健康3

「歯の健康3●まずは画面写真で自分の口の中を把握する」サテンドール

 

このような説明を受け、子どもはすっかり納得。「子どもの歯はぐらぐらしてるから、先生がぐっと引っ張って抜いてもいいし、痛いのを感じないお注射してから抜くのでもいいよ。どっちにする?」これも、親の私のほうは一切見ず、子どもに意思確認をします。

「ちゅうしゃ、しない。」(キッパリ)

「オッケー、注射しないね。少し痛いかもしれないけど、我慢できるかな?」

「だいじょうぶ。」(キッパリ)

子どもは自ら麻酔なしを選び、泣きもせずに乳歯を抜いてもらいました。

親にも現状の説明、今後の通院計画の内容や回数の見込みをきちんと説明してくださいました。こちらが話すときも、じっくり聞いてくださる印象です。

 

この歯医者さんのやり方は、「やる気」を引き出すコミュニケーションの素晴らしいお手本になるなあ、と感心しながら帰ってきました。ポイントは3つほどあります。

 

1.労力、コスト、投資を惜しまない。

歯医者さんは、恐らく始めの2分で診断はつけていた様子です。そこから、5、6分かけてコミュニケーションのため(だけかどうか分かりませんが)に写真を撮り、さらに5、6分かけて子どもに画像を見せながら説明をしています。撮影に使ったデジカメや表示のタッチパネル、バクテリアの動画素材など、こうしたコミュニケーションを行うための設備に投資もしています。歯医者さんも衛生士さんも、子どもへの話し方は皆さん同じように、ゆっくり、滑舌よく、目をみていました。何かしら、トレーニングを受けているのではないかと思います。

仕事でもそれ以外でも、「相手が分かってくれない」というフラストレーションを感じることは、よくあります。冷静になってふり返ると、自分がそのコミュニケーションに時間もコストもしっかりかけないとだめだという、見積もりや覚悟が足りなかったんですね。昔、経営コンサルティングの会社にいたとき、課題を解くための組み立てと、コミュニケーションの組み立ては別物と考え、しっかり準備するものなんだと理解しました。そのことを、この歯医者さんで再確認できました。

 

2.脅さない。でも短時間でよくわかるように。

歯医者さんが子どもに伝えた内容は、「すごーく痛くなるよ」「放っておくと虫歯だらけになるよ」といった「脅し」は全くありませんでした。永久歯が伸びて行く場所に乳歯があるという事実、歯の裏に歯垢がたまっているという事実を、アップの鮮明な画像と、分かりやすく無駄のない説明で、インパクト強く、伝えています。

相手から共感、同意を得られるようなコミュニケーションには、共感力、知性、工夫が必要です。「自分がもう分かっちゃってる」状態で、「分かってない相手」のことを想像し、コミュニケーションを組み立てるのは、決して簡単じゃないから。推察、準備、仮説と検証を繰り返さないといけません。コミュニケーションを安易に見積もっていたり、通じるまでトライアンドエラーを繰り返す覚悟が弱いと、脅しやセンセーショナルな表現に陥り易いんじゃないでしょうか。

例えば、小さな子どもが道ばたにしゃがみ込んでいるのを「早くしないと置いてくよ!」と叱る大人を見かけます。私自身、一度ならず言ってしまったことはあり、そのたびに後悔してます。というのも、私はこういう「脅し」が大嫌いだから。本当に置いていく意志はないのに…って思っちゃいます。子どももそれを分かっているから、構わずありんこを見続けたりしますよね…。

 

3.目的を、「相手が『自ら』動くようになること」からぶらさない。

 歯医者さんがここまでの労力を投入して、子どもにコミュニケーションしているのは、「自ら歯の健康を守る態度」を身につけさせたいからだろうと思います。この歯医者さんの話を友人にしたところ、その人も似た経験がある、と教えてくれました。10年以上前のことだそうですが、友人のお子さんが通った歯医者さんは、初めての診察のあと、治療についてお子さんが納得するまで30分ほど、ずっと対話を重ねたそうです。親である友人のほうが「先生、もういいから治療しちゃって下さい」といいたくなるほどだったとか。「でも、そのお陰で、うちの子達は歯医者を一切嫌がることなく、自分から通うようになった」。

歯を抜くためだけだったら、今回のコミュニケーションは無駄に感じられるかもしれません。子どもですし、大人が「脅し」ながらきつく言い聞かせ、暴れたら押さえつけてしまえばいいのですから。コミュニケーションの時間を短縮して、もっと大勢の患者さんを診るようにすれば、収入も増えそうですしね、少なくもと一時的には。

コミュニケーションの目的は、「歯医者さんに都合の良い、短期的なもの」ではなく、歯医者さんと患者さん双方に大切な、長期的なものを共有して、患者さんが「自ら歯の健康管理のイニシアチブを持つこと」なんだと思います。

商談に望むとき、子どもの担任の先生と面談するとき。私たちの仕事や暮らしの中でも、コミュニケーションを組み立てなくちゃ、と思う場面はたくさんあります。何を聞くか、何を伝えたいか、対話の内容ばかり考えてしまいがちですけれど、ほんとうは、この歯医者さんのように、自分と相手の双方にとって長期的に大切なことを見定め、そこに向かって相手も「自ら」イニシアチブをもって動くことを考えるべきなんだな、と実感しました。相手が「喜んでそうしたい」と思ってくれたら、これほど楽で、互いにハッピーなことってないですものね。実際、「やる気」いっぱいになって帰ってきた私たち親子は、歯医者さんで歯をきれいにするという新しい目標を頂いて、ちょっとわくわくしているくらいなんですから。